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COLUMN

雑感を綴ったメールマガジン『デザインの風景』(2000.0216〜2000.0922)


Scene 1【2000.0216】

『デザインの風景』最初のテーマは、
「デザインと風景」です。

読者の方々を含め、全ての人々は日常的に建築の中、そして建築がある都市の中で生
活しています.すきな街並、気に入ったカフェ、素敵なお店や気になるビルやごくフツ
ーの自分の家などといった日常の何気ないものは、建築をはじめあらゆるデザインの
物たちによって支えられています。意識しだすときりがありません。これらは全て、
人の手によって生み出された人工的なもので、何かしらのデザインが施されています。

それらの物たちはすべて、生み出される前に、創り手やそれをバックアップする人
(スポンサー)といった人たちがデザインして生み出されています。かたちになる前
の段階があるのです。ここで、この段階のことを「デザイン」と呼びましょう。そし
て、このデザインがどのような考え方で進められていったのか、デザインをする作り
手の考えている内容のことをここでは「風景」と呼ぶことにします。これを建築デザ
インに当てはめると、通常はデザイン→設計、計画という言葉に、風景→コンセプト
という言葉に置き換えることができるでしょう。

さて、このようにデザインされたモノ達を理解するバックグラウンドができたところ
で、1時間目のチャイムが鳴りそうです。次回、2時間目は「建築のデザイン」です。

消費される一方のデザインされたモノ達、あるいはデザイナーの風景に一条の光をあ
ててやりたいと思って創刊を決意しました。今後とも宜しくお願いします。

2時間目がはじまるまでの休み時間にでも気になるモノ達の「デザインの風景」を想像
してあげてください。


Scene 2【2000.0226】

前回は、創刊号ということでメールマガジン『デザインの風景』のタイトルの説明を
し、「デザイン」と「風景」という言葉を作り手側からアプローチしました。もう一
度整理してみると、物や事が生み出される前の行為を「デザイン」、そしてデザイン
をする作り手の考えていること、感情や思想、もう少し踏み込めば論理や哲学ともい
える創作の背景を「風景」という言葉で説明しました。

そして、今回のテーマは、「建築のデザイン」です。

古代ローマ時代にウィートルーウィウスという建築家がいました。
『建築十書』という西洋の建築家のバイブル(かつて?)ともいえる本を著したこと
で有名です。この著書は、西洋の古典建築の原理書ともいえるもので、建築家を

→「諸技術の原理的知識をもち、職人たちの頭に立って制作を指導しうる工匠」

として位置付けて、建築や土木、機械などいろいろな技術の基礎となる自然科学的な
知識を詳しく説明している技術百科辞典のようなものなのですが、その中に建築のデ
ザインについて明解に記されているので紹介しましょう。

→「建築術の部門は3つある。すなわち、建物を建てること、日時計を作ること、器
械を造ること。建物を建てることはまた二つに分かれる。そのうちの一つは城壁を設
け公用地に公共建物を設置することであり、他は私人の家を造ることである。公共建
築の区分は3つであって、そのうちの一つは防御的、他は宗教的、第3は実用的である。
防御的とは城壁や塔や城門を敵の攻撃が常に撃退されるようにあらかじめ考慮して割
り出すことであり、宗教的とは不死の神々の聖なる殿堂を建立することであり、実用
的とは、公共の使用にあてる共同の場所、たとえば港、フォルム、柱廊、浴場、劇場、
遊歩廊その他同じ理由で公共地に計画されるものを指定することである。

→これらは、また、強さと用と美の理が保たれるようになされるべきである。強さの
理は、基礎が強固な地盤まで掘り下げられ、材料の中から惜しげなく十分な量が注意
深く選ばれている場合に保たれ、用の理は、場が欠陥なく使用上支障なく配置され、
その場がそれぞれの種類に応じて方位に叶い具合よく配分されている場合に保たれ、
美の理は、実に、建物の外観が好ましく優雅であり、かつ肢体の寸法関係が正しいシュ
ムメトリアの理論をもっている場合に保たれるであろう。」(第1書、第3章)

古代ローマ時代と現代の時間的な隔たりを殆ど感じさせない「建築のデザイン」につ
いての内容です。「強、用、美」の理は現代でも生き続け、基本的な考え方は変わっ
ていないと思います。現代の建築と古代ローマの建築、全く違った外観、機能を持っ
ています。現代デザインの表層は時代とともに刻々と変化しますが、物質としてのモ
ノそれ自身に求められる基本的要求は普遍的なものだと気付かせてくれます。


Scene 3【2000.0306】

前回は、建築デザインの「強、用、美の理」についてお話しました。それらは、モノ
にまとわりつく原理ともいえるもので、今後、このメルマガでさまざまな物事、分野
のデザインをテーマを取りあげていく上での布石となると考えていただきたいと思い
ます。

そして、今回は、最近考えていることから、都市についてのひとつの断片を紹介しま
す。

バーチャルリアリティという言葉が盛んに使われ始めたのは7、8年くらい前からで
しょうか?そのころ、この言葉のもつ意味について、

「コンピューターによって作り出される世界があたかも現実のようなもののような」

という偽物というイメージがありました。バーチャル(虚)が現実のように知覚され、
そして経験される。先日発売されたはプレステ2はかなり現実的なバーチャル世界を
獲得してきているようですが、それ自身は、作り物の仕組まれた世界に過ぎません。
しかし、プレイすることで、確実に現実的な感覚を与え、その世界に没入させる。
この現象はまさしく仮想現実感というものを我々の身体感覚に刻みこみます。

それとは別に、インターネットの世界をみると、このメールマガジンというメディア
やホームページ、そしてBBS、チャットやフォーラムといったサイトにも現実空間の
バーチャル化が見て取れます。
こちらの方は、CGやアニメーションが与えるバーチャルリアル感とは、少しニュアン
スが違いますが、物ではなくスペースという点で、コミュニケーションという性格は
現実空間の掲示板やフォーラムのように達成されます。
(それ以上の別の効果もあるとは思いますが。)

これらは、いずれもパソコンによって形成されたバーチャルな空間が現実世界と似た
ような構造をもち、そして、現実的な場所(サイト)として機能していることを示す
ものです。そして、このことは、ネット上でもアクセスの集中するサイトとそうでな
いサイト、パブリックなもの、プライベートなもの、娯楽もの、専門性のあるものな
ど、Yahooなどのポータルサイトのカテゴリーにみるような、場所(サイト)の多様
化が急速に進んでいることにも現れています。

その一方で、現実の世界でもインターネットやメディアの影響を受けてか、大都市は
情報の波や電波に包まれ、ネットサーフィンを助長するポータルサイト化しつつある
ように思えます。とくに、渋谷のような若者の都市にそのような傾向が強いように思
われます。

匿名性が確保された状態での気の向くままのサーフィン。

このような都市は、インターネットの構造を含んだ都市として語ることが、より現実
的であるように思えます。

インターネット上の様々なスペース、あるいはサイトのデザインと現実の都市、建築
やモノのデザイン。

今日の生活の場所として、この2つがお互いに浸透し、融合しはじめています。
バーチャルリアルという言葉以上に、このことが今まさにデザインを語ることで重要
に思われます。仮想現実を超えて、仮想現実が現実となりつつある現在では、今後の
デザインは、2つが融合した状況のなかで語られていくことでしょう。このことにどん
な可能性があるかを考えることが今を生きるデザイナーの使命だと考えています。


Scene 4【2000.0319】

今回は、「インタラクティブなデザイン」がテーマです。

インタラクティブ(interactive)は、「相互に作用する, 相互作用の.」という意味です
が、このところ様々な場面で使用されていて、みなさんの回りでもよく聞く言葉だと
思います。この言葉が市民権を得るきっかけとなったのが、インターネットで、その
普及とともに、私達にとって身近なものになってきたといえるでしょう。このことは、
デザインの世界でも同様で、デザイナーによってさまざまなモノ達が提案されはじめ
ています。そのなかでも今回は三宅一生さんがデザインした「A-POC」と名づけられ
た衣服を紹介します。

「A-POC」は、A piece of clothの頭文字をとったもので「一枚の布」の意味ですが、作
品に最終的な形が与えられていません。
コンピュータープログラムで編み出されたチューブ状の一枚の布地があるだけです。
着ようと思っている人が自らハサミを用意して思いのままにカットします。
ワンピースからツーピース・・・と切断されていき、小さなピースは帽子、ベルト、
靴下、手袋、バッグなどになっていく。

三宅さんの説明によれば、
「使い手が服づくりに参加する、そこで自分のアイデアを出す。作り手と使い手、両
方でコミュニケーションをして最終的なかたちになる。」
そして、このことをレボリューション(革命)の始まりと続けています。革命という
過激な印象のある言葉が適切であるかはともかく、この「A-POC」は、今までのデザ
インされたモノにまとわりつく「究極の形」とは違った考え方がうかがえます。動か
しがたいデザイナーの作品世界という静的なものからの離脱。ルーズだけれど、多様
なニーズを包容する風景の拡がり。そんな感じでしょうか。

デザインされたモノ達が日常生活に氾濫していて、日々消費されていく現実がありま
すが、ただ消費するだけではもったいないアイデアとテクノロジーがこの「A-POC」
には込められています。


Scene 5【2000.0421】

今回は、「ロボットのデザイン」がテーマです。

先日、あるシンポジウムに参加していてソニーの犬型ロボットAIBOの開発を担当して
いた科学者の北野宏明さんのロボットデザインに関するお話に興味が湧きました。

今、北野さんはAIBOに続く「SIG」という人間の形(ヒューマノイド)をした身長168
センチの女性の大きさのものを開発中で近日中に完成するらしいのですが、それが現
在のテクノロジーがもつ制約とか目的を踏まえた上でデザインされた形であるととも
に、自動車や航空機や諸々のインダストリアルデザインのような産業化を前提として
開発された初めてのモノであるということにとても興味を持ちました。
北野さんの言葉を借りれば、
「太古の昔から人は新しいテクノロジー(道具)を常に開発して進化してきたわけだけ
れど、アイボはその延長線上にある。ロボット(道具)が生活を豊かにする。ロボット
は人間に限り無く近づくのではなく、新しい道具なのだ。」
というように、AIBOやSIGというモノが私達の日常生活に直接入り込んで、具体的に何
かしら生活に影響を及ぼすという、今までには無いタイプの道具が出来つつあるという
ことに、21世紀の生活像を垣間見たような気がしました。

そして、このシンポジウムの壇上に同席していたファッションデザイナーの津村耕祐が
このSIGに着せる衣服をデザインする予定で、どういったものにするのか今とても悩ん
でいると語っていたのですが、このことは他人ごとでは無いように思えました。
今後、ロボットの部屋や椅子やソファやあるいは家などデザインすることがあるのかなぁ。
とつい思ってしまいますね。もし、その時はどういう形になるのか?きっと、いままでの
人のためのデザインとは異なることは確かでしょうね。

21世紀が間近になった今、これからの生活像が様々な方面でチラチラと垣間見れるよう
になってきています。今回は、そのごく一側面のロボットについて触れましたが、
今後機をみて色々な分野について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
私の場合は建築デザインを通して社会に表現していくのが職能ですが、建築が生活全般
の器である以上、これからの起こりうる生活の変化に建築デザインも変化していくこと
は必然でしょうね。


Scene 6【2000.0507】

今回は、「コーポラティブな<かたち>」がテーマです。
最近、多くのメディアで「コーポラティブハウス」が取りあげられいますから、
みなさんもよく耳にするとは思います。
建築大辞典によれば、
「コーポラティブハウス(cooperative house)とは、共同組合方式により建設される住宅で、
共同の生活を希望する入居者が組合をつくり、土地の入手をはじめ建設にあたって必要
とされる住戸の内部を除く諸問題を組合で対処し、家づくりのなかに生き方組み込もう
とするものである。住戸内の間取りや仕上げ、設備など入居希望者の思うようにでき、
独立住宅と共同して住まうことの両方の良さを得ることができる。」
ということになるのですが、
つまるところ、このコーポラティブハウスは、個別の空間については、自らのスタイル
に合わせて作り上げていき、共同に使用する空間について、計画段階から住み手がみん
なで顔を合わせて、そして様々な事を話し合いながら一緒にデザインしていくというこ
とです。
一般的に不動産業者が供給しているいわゆる〜LDKという集合住宅を選ぶというものと
は全く異なり、自らのライフスタイルが形になり、そこに住まう人々の意志や合意の結
果が建物の全体像としての形になるということです。
個々の生活のスタイルを反映する自由な形と集まった住み手のコミュニティーの形は
個別の状況に応じて、各々で違った形となるでしょう。濃密な形から希薄な形まで。
そのような形が建物の外観に反映し、それが街に個性を与える。

今までのような不動産業者が主体のモノづくりから今後、住民主体のモノづくりがあち
らこちらで都市に溢れてくると、きっと街並も住み手に心地よいものとなってくるに違
いない。建築や街並といったことも多くのモノたちと同じように身近に語られることも
多くなるのではなかろうか。
そして何よりも、計画段階から一緒に作ってきた住民同士が壁一枚隔てた隣や上下に暮
らしているということに新しい生活の可能性を感じます。


Scene 7【2000.0604】

今回は、「NEW環境」ということについて考えてみたいと思います。

今回のテーマを考えるきっかけになった出来事は、先日東京ビックサイトという総合
展示場で開催されていた「NEW 環境展」というイベントだったのですが、この展示
会では、リサイクルということに対しての企業の環境改善努力を製品や機器やシステ
ムを通してアピールするというものでした。その主なものは、廃棄物(ゴミ)をリサ
イクル技術を通して、別の製品や原料に圧縮あるいは粉砕するといったものでした。
具体的には、ペットボトルを溶かして塊の材料とするものや段ボールを加工して梱包
材とするもの、木材の産業廃棄物を粉々にチップ状にしてそれを圧縮成形して再び板
状の材料とするものなどがありました。
これらを見て、4、5年前は環境と言えばエコロジー(地球環境)というなんかとらえ
どころのない言葉で表現されていたことが、今回のNEW環境という展示会のタイトル
のように、なにか具体的なモノや形としてそれが社会に還元されはじめている動きを
具体的に把握することができました。

わたしたち、モノづくりに関わる者たちは、それを作り出すプロセスにおいて様々な
材料の選択を行います。その際に私達人間の生活を支え、そして豊かで、潤いのある
ものになるよう、様々な材料を一つのモノに集約し、デザインしていきますが、これ
からのNEW環境時代のデザインは、モノの生産から消費そして廃棄とそのあとの再生
を前提として材料のことを考え、そしてその上で生活に対しての提案を考えなければ
ならない時代となってきています。
個々のモノ達のデザインの個性を語るデザインのボキャブラリーとは次元の異なるレ
ベルでのデザイン論が成立するようになってきたと思います。

これからの地球上で生活していく者が、自らの生存を可能なものとするためのNEW環
境的ボキャブラリー。
これらのボキャブラリーは、生き物にとって必要不可欠な酸素や二酸化炭素といった
空気について語るのと同じような次元のもののように思えます。


Scene 8【2000.0719】

今回のテーマは、『設計プロセスの視点〜ハード・ソフトからコンテンツへ』です。

ひと頃、建築設計の際にソフトとハードという言い方で、設計内容を把握していた頃
がありました。最近は、それも当たり前になって、だれもがわかる言葉に定着した感
があります。よく箱もの行政とか言われている箱がハードで、ソフトはその中身で、
運営者と利用者に属するものとでもいえましょうか。 箱があってもソフトが無いと
機能しないことはパソコンと同様に建築にもあてはまるわけです。建築を巡るハード
とソフトは、その両面においてお互いが融合して一つの機能を果たさなくてはならな
いのですが、昨今のインターネット環境の状況を見ていると、このハードとソフトだ
けで説明することが難しいように、建築をめぐる環境を説明することにも不足な言葉
のように思えています。

少し前に、デザインの風景の掲示板において、とある建築家が設計した公立美術館が
現在運営上うまく利用されていないという地元の方の意見が書き込まれていました。
ハードとソフトは、パソコンの世界でもそうであるように、年が経つにつれて時代遅
れになってしまうものなのです。建築も設計しているプロセスでは、もちろん完成し
てからのことを考えて計画しているのですが、実際は、完成した瞬間にはもう既に現
実にそぐわないものとなっている場合が多いのです。パソコンやソフトは買い替えな
どでバージョンアップすることが個人のレベルで更新を行うことができますが、建築
の場合は改装、改築、増築、建て替えにしても、なかなか思うようにはならない。

そこで、これからの建築設計のプロセスにおいては、コンテンツをいかにデザインす
るかが重要になってきているのではないかと思います。コンテンツは、そのサイトを
運営する側とそれを利用する側の2者の相方向のニーズが求められ、インターネット
上のサイトを運営する人が、提供するコンテンツを訪れるユーザーに対して解りやす
く、利用しやすく、そして、ビジネスを前提とする際には、お金がうまく流れるよう
に考えるでしょう。また、時間の経過とともに行われる更新などの維持管理も適宜行
う必要もあります。また、リンクやアンカーといったいわゆる身体感覚をこえたワー
プの機能やフォームや掲示板などのCGIをつかったユーザーとのコミュニケーション
機能も必要に応じて備えることも必要になってきます。ビジュアルなサイン計画を
し、誘導し、ユーザーが利用するスペースを設け、サイト管理者とユーザーをつなぐ
動線をつくり、そして必要に応じて適宜模様替えをする。 このような、サイトのコ
ンテンツをつくるように建築の中身を考え、そして、それが実現できるように建築の
フォルムを与える。

現在の建築空間の状況をめぐって、どうもユーザーとの距離感が問題視されているよ
うに思えてならないのですが、どうもそれは、建築発注のシステムと建築設計のプロ
セスが時代の流れ、ユーザーの思考に付いてきていないように思えます。 このよう
なコンテンツに対する視点が従来の建築設計の視点に加わると今までのハードとソフ
トを超えた相方向(インタラクティブ)なスペースが身近なものとなってくるのでは
ないかと思いはじめています。建築を利用する生活者は、インターネット利用者が普
通になっている現在、受け身な利用者から能動的な利用者そして、建築空間を運営す
る側とのコミュニケーションも求めているのではないかと思えるのです。
建築もインターネット空間も運営者あるいは生活者しだいで生命が与えられます。2
者の相方向のコミュニケーションが可能とするいきいきしたコンテンツづくりが基本
となり、それが可能となるようなプログラミングをする。そして、プログラムから具
体的な形へと設計のプロセスは流れていきます。

どうも、建築設計者とプログラマーとの関係は似ているように思います。


Scene 9【2000.0922】

今回のテーマは、『折りと力学』です。
折りといえば、折り紙や屏風など古来から私達の生活に浸透していましたが、私も含
め、モノづくりに関わる一部(?)の人達の間で、この〈折り〉ということと力学が
注目されています。

関連のトピックでは、建築界のメジャーなプロジェクトで現在建設中の横浜フェリー
ターミナルですが、この建築では屋根のの構造がフォールディング構造といって鉄板
を折り曲げて必要な強度を保持できるようにしたもので、通常柱で屋根を支える柱梁
(ラーメン)構造よりも無柱で大空間をつくれるものです。この折り紙構造は、薄い
材料を折ることで強度が保持でき、しかも軽量であることが特徴です。そして、屋根
の荷重を無理なく他の建築部位に伝える力学線(折り目)は、見た目も美しいもので
す。

最近、家具や内装材で流行りのアルミハニカム素材なども、薄い材料を蜂の巣(6角
形)状に折ることで軽くて強度のある一種の折り紙構造といえるでしょう。もう少し
身近な例では、段ボールの断面を見てもらえば、あれも薄い紙が折り込まれていて軽
くて丈夫を実現しています。

実は、今日のテーマである折りを取りあげるきっかけになったのは、最近市場に流通
しはじめた、ミウラ折りという折り方で作られた地図です。パッと開いてサッと閉じ
るというフレーズで売り出されているものですが、これが実に便利で、不思議な魅力
をもったものです。地図以外の用途でもいろいろと創作の可能性を与えてくれます。
この地図も無駄な力をかけずに開閉できる、いわば折り目の力学線を持っています。

そもそも、ミウラ折りとは三浦先生というT大名誉教授の方が宇宙構造物の太陽電池
パネル用に開発されたもので、地球から打ち上げる時はコンパクトに宇宙ではできる
だけ大きく、そして軽く、最小限の力で開閉可能という考え方でつくられたもので
す。そんな先端技術も私達に馴染みのある折りということと折り畳む際の力の自然な
流れというものから発想されているのです。

折りと自然な力学線とその軽さは、モノづくりの面白さを与えてくれるとともにモノ
に使用される物質量の節約ももたらしてくれて、モノづくりのアプローチにおいてエ
コロジカルな発想を可能にしてくれている現代的な考え方ともいえそうです。

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